天流仁志の受験情報ブログ

東大法学部(政治コース)卒、受験戦略研究の専門家です。ノウハウの大部分は「学習の作法」を始めとする著書で公開しており、本ブログは今のところその補完的な位置づけとなります。趣味の選挙の話もたまに書きます。

トライ式逆転合格シリーズ

書房に収まりきらない人気書・話題書のレビューコーナー。
他書を押しのけて書房に収まらないということは、やはりそれだけの理由があるので
ツンツンモードの辛口批評でございます。信者の方は読まないほうがいいと思います。

最近は辛口と悪口の区別がつかない、というか「悪口」の意味で辛口という言葉を使う
のが流行しつつあるので、少し弁明的な補足説明を加えておきます。
「悪口」というのは主観的な好き嫌いの表現による「感想」のうち「嫌い」の「表現」です。
これに対して「辛口」は客観的な問題点の指摘による「批評」です。
普通、「レビュー」は「書評」という意味と解されますので、web上に氾濫している「レビュー」
は多くが「レビュー」ではなく「感想」であり、本来両者は区別されるべきだと考えています。
特にamazonには「レビュー」という名の感想文が多く、読み手を混乱させているように思います。

「これはいい本です」「面白かったです」「ひどい本です」「ぼったくりです」
こういった「感想」の場合、書き手が自分と同じような感性の持ち主なら大いに参考になりますが
立場や性格・能力が違う人の場合、ましてや匿名の「レビュアー」の場合は
参考にならないどころか有害な場合さえ多いのです。
「私はこの本で東大に受かりました」とか「この本で成績が下がってしまいました」
というのも同様ですね。書き手と同じ状況にない人では同じ効果は期待できません。
もっともどこがどういいのか、あるいはどこがどう悪いのかの指摘がない
「感想文」が多くなるのは仕方のないことだと思います。
今の日本の教育だと「感想文」や「作文」の指導には熱心なのに対し
「小論文」や「評論」についてはほとんど触れないことが多いからです。

話がかなりそれました。
今回は「トライ式逆転合格シリーズ」についてです。
高校受験用の参考書・問題集といえば総花的といいましょうか、
網羅性を重視してこれを完璧にやればほとんどの公立高校には合格できる
というような内容のものが圧倒的に多いと思います。
「偏差値50に遠く及ばないがなんとかどこかの公立高校には入りたい」
という大きなニーズに答えた本というのが少ないんですね。
その点、「トライ」のような大手家庭教師派遣会社の場合
コアターゲットといえばまさにこの層ですから他の本にはない特徴が期待できるかもしれない。
「家庭教師」に限らず派遣会社に対する風当たりは非常に強いですが
「逆転合格」というからには派遣会社ならではの工夫が期待されます。

なんとか公立高校には入りたいという学力の生徒の場合、
トップ校を目指す生徒のように英語や数学の応用問題を解ける必要はありません。
公立高校入試は普通、配点の等しい5教科の総合点で決まりますから
点数の取りやすい科目に集中してやればいいのです。
「トライ式逆転合格シリーズ」のコンセプトもそうなっていると言えます。
ただし、一部の科目を除いてのようです。
数学はほぼ公式一発問題までに絞っており、解説も勢いで暗記させようというものです。
問題量が少ないので、これだけで取れるようになるかは使用者しだいでしょうが、
コンセプトの明快さが光っています。
一方で理科・社会は網羅性が高く、応用問題まで収録しています。
それ自体はなるほど、と思うのですが困るのが暗記のための便宜があまり図られてないこと。
基本的にはまとめノート→入試問題というまではよくある構成です。
社会は「楽しめるような工夫」を凝らしているそうですが
どうも滑っているところが目立ち
そこまでとっつきやすくなっているとも思えません。
例えば「都道府県と県庁所在地を暗記しよう」というところで
特徴を併記するなど確かに工夫は見られるのですが
ある程度得意でない生徒に対しては空振りに終わると思われます。
それでもここまでは好みによっては使える本です。
理科だと用語だけでなく、重要な文も赤字です。
まとめ部分が会話調でかかれ、重要部分を赤字にしてあります。
まとめを会話調にしただけなので、別段わかりやすいということはありません。

さらに「???」と感じるのが英語です。
やはりまとめノートを会話調にしただけのまとめ部分を読んで
問題を解くという構成になっています。
短文訳の問題が優先的に収録されているのは、確かによいと思います。
しかし、いかんせん問題にはほとんど解説がありません。
逆転合格を目指そうという生徒には難しすぎて身につけにくいのではないでしょうか。
それでも国語に比べれば、まだ使いようはあるでしょう。
国語はほとんどいきなり入試問題を解いていくだけ、という構成ですから。
そして、やはり他の科目と同様に問題の解説はあまりありません。
「問題文を何回か読ませて文章に慣れさせよう」という意図はわかるのですが…
このシリーズに「まとめ部分を読んで、問題解かせて答えあわせして終了」
という派遣家庭教師や大手個別指導チェーン講師の姿を見るのは私だけでしょうか。

全く勉強していなかった生徒に勉強を1時間なり2時間なりやらせれば
少しは成績は上がるでしょうが、入試対策というにはやはりノウハウの面で
一般的な集団塾と比べても見劣りするといわざるを得ません。
「家庭教師の指導を親がやる」ためのテキストであって
生徒が一人で進めて逆転合格を目指すような構成にはなっていない印象です。

では、集団塾的なノウハウを取り入れたテキストにはどういうものがあるかというと
多くは「できる子向け」であって、あまり「逆転合格」向けではないのが現状なのですが
全くないというわけでもありません。
偏差値45未満からの「逆転合格」に必要なのは
欲張らずに範囲を絞ることと、覚えやすい構成ですから、そちらに特化したもの
を使えばいいわけです。
例えばあすとろ出版の「高校入試よし!できる!シリーズ(社会は1問1答のみ)」
に赤シートをかぶせてひたすら暗記すれば、かなりの即効性が期待できます。
そして「トライ式」よりは幾分安く済みます。

「トライ式」のそれぞれにおける科目の編集コンセプトには見るべきものがあるのですが
結局苦手な子の場合は一冊で済ませられるとまでは言えませんから、
強気な値段設定には不満を感じてしまいます。
比較的得意(平均点くらいは取れる)科目であれば、数学以外も使いこなせそうですけど、
その使い方ならもう少し良心的な価格だったり、内容が充実していたりという
既存の問題集を勧めます。
結論。数学はどうしようもない場合に、社会はお好みで、ほかは使用者を想定できません。
数学が壊滅的で国語・社会は多少マシ、という生徒はわりとよくいそうですし、
繰り返しますがコンセプトはなかなかのものだと思います。