天流仁志の受験情報ブログ

東大法学部(政治コース)卒、受験戦略研究の専門家です。ノウハウの大部分は「学習の作法」を始めとする著書で公開しており、本ブログは今のところその補完的な位置づけとなります。趣味の選挙の話もたまに書きます。

アンチのコメントに便乗して奇抜な受験技術論を語る

某所に

「WEB上で、様々な方法論を酷評する資格試験予備校講師が書いた本。
勝間氏のような良書を生み出したディスカバー社とは思えないもの。
読みにくく、内容に新しさも無い。
量さえあればよいと思ったのだろうか。「情報講座」ならば情報を取捨選択し、利用できる形態をとるべきだろう。
そして最大の欠点は、著者の受験生への熱意が全く伝わらないことである。 」

という大変ありがたいコメントが掲載されていました。
個人的には残しておいてほしいのですが、この手のコメントは削除される可能性が高いので
消える前に紹介しておきます。

勝間氏は本ではなく人間だとか、突っ込みどころも多いですが
結構鋭い指摘もあります。
ウソのつき方がうまいという意味で賢い方のコメントだと思います。
内容に新しさがない、という点、使いにくいという点はほぼデタラメですが
それにしても「内容=参考書名」と考えれば確かにGLS書房の方が新しいですし
インデックスを無視すれば、単純に厚いだけどこに何が書いてあるかは探しにくいでしょう。
実際は参考書情報だけをとってもGLS書房の仕様で載せられない本や
それぞれの本の効果的な使い方も収録していますし
見やすい目次がついているため、必要な情報は見つけやすいと思います。

そして「熱意が全く伝わらない」という下りは悪意(というより中二病か)を捨象するとこの本の特徴をよく表しているのです。
「親と子の最新大学受験情報講座」は、無責任な断定や誇張表現があまりにも多いことからこのジャンルの書物全体が胡散臭いイメージをもたれていることへのアンチテーゼでもあるからです。
つまり、情報に徹するため意図的に主観的記述や商人的な口説を徹底的に排しているのです。これは「勉強法」というジャンルの本としてみれば異例のことであり、他書と比べた時の大きな特徴と言えそうです。この徹底振りが気持悪いという方もいらっしゃるとは思いますが、私に言わせれば芝居がかった感情を前面に出し、無理な断定や誇張表現で購買意欲を煽りつつ、あたかも救世主様、教祖様のように崇められたりするほうがよほど気持悪い。

実は、この中二病全開のコメントをしてくれた方もある「教祖様」の信者とみられます。
「教祖様」のアンチに言わせれば「教祖様」本人の自作自演といったところでしょうが、私もできればそうであって欲しいと切に願わずにはいられません。思考停止した「信者」の社会復帰は著しく困難だからです。私はその「教祖様」の本(経典)にそこそこ高めの評価をつけたのですが、どうやら「信者」はそれが気に入らないようです。「教祖様」の「経典」は完全無欠でなければならない、盲目的な礼賛以外の批評などあってはならないと本気で信じてしまっているのです。教義の強引な押し付けや思い通りにならない相手へのヒステリックな攻撃という行動、さらにはそれを本気で良いことだと信じている点など社会問題化している宗教的カルトそのものです。

私は参考書や問題集を、漫画やアニメと同様日本が世界に誇るべき素晴らしい文化だと考えています。
日本の参考書や問題集の素晴らしさはたまに話題になるアニメ調の表紙だけではありません。
時間さえあれば、使い方次第でどんな状況からでもほとんどの大学に合格可能なほどバラエティーに富んだ解説の詳しいテキストが揃っており、しかも進化し続けています。計算過程や思考過程を省かず記した数学の問題集や、限られた例文の中に重要事項を詰め込んだ英語・古典の参考書は、学力をつけるために必要な時間を大きく縮めました。この現象はたぶん日本特有です。かつての日本以上に「受験地獄」が問題とされる韓国でもネット予備校の方が先に普及してしまったため、日本のような参考書は生まれにくいでしょう。一方でテキストの種類が増え、それらについての雑多な批評も氾濫するようになると、適切なものを選べない学習者が多くなってしまいました。そこで、各自のレベルや目的に合ったテキストの選び方や使い方を指南する「受験技術書」というジャンルの書籍も増えています。「受験技術書」は「参考書」や「問題集」との併用で高度な内容の独学を可能にします。単なる個人の体験記や抽象的な方法論にとどまらない「技術書」というジャンルそれ自体も日本独特のものだと思います。これらをあわせて、受験技術を用い参考書や問題集の独学で高度な学力をつけるというあり方を仮に「現代独学文化」と呼ぶことにします。「現代」というのは例えば江戸時代の寺子屋などでも「独学文化」と呼べそうな教育が行われていたからです。この「現代独学文化」が広がり、社会に受け入れられれば、地方の低所得家庭出身者が難関大学に進学することも一般化するでしょう。そういった社会的効用を抜きにしても「現代独学文化」はマンガやアニメと同様、それ自体が大変面白いものです。私は安易な商業主義やカルト宗教的ドグマに陥らない「現代独学文化」の健全な発展に尽力いたします。